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福岡地方裁判所 昭和35年(ワ)27号 判決 1961年12月05日

原告

山本徳次郎

被告

西日本鉄道株式会社

主文

被告は原告に対し金十万円およびこれに対する昭和三十五年二月十日から支払ずみまで年五分の割合による金銭の支払をせよ。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを五分し、その一を原告の、その余を被告の各負担とする。

事実

第一、当事者の申立

原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し金三十万円およびこれに対する本件訴状送達の翌日から支払ずみまで年五分の割合による金銭の支払をせよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決および担保を条件とする仮執行の宣言を求め、

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決および被告敗訴により仮執行宣言あるときは担保を条件とする仮執行免脱の宣言を求めた。

第二、当事者の主張

(請求の原因)

一、昭和三十四年九月十二日午前十一時頃原告所有ダイハツ三輪貨物自動車(二噸積一九五九年式PO・D型)を、運転手鳥集忠明が操縦して、門司市小森江門司市民病院前から被告会社電車(以下西鉄電車という)線路上にさしかかつた際、右自動車の機械に故障を生じて、同病院前付近上り門司港方面軌道上に停車してしまい、線路を閉塞するようになつているところに、被告の従業員である運転者川口政治が被告所有門司港行電車(一〇〇二号二輛連結)を運転操縦して時速三十ないし三十五キロメートルの速度で進行し来り、右電車の正面を右自動車の左側面に衝突させ、右自動車に対し後記のような破損を与え、原告に対し後記の損害をこうむらしめた。

二、ところで、右衝突現場は、やや上り勾配(千分の二十五)ではあるが、直線コースであつて見透しも極めてよい場所であつて、右川口は、右自動車が、右のように自己の運転する電車の進行方向上り軌道上に停車して線路を閉塞していることを右衝突現場より七十メートル手前においてすでに発見したものであるところ、およそ交通頻繁な国道上を高速度をもつて運転する電車を操縦する運転者は、その操縦にあたつては常に前後左右を注視すべく、もし危険状態を発見したときは何時でも直ちに減速し又は停車して事故を未前に防止すべき業務上の注意義務があるにかかわらず、右川口は、右のように本件自動車が上り線路を閉塞していることを七十メートルも手前において発見し(その時の速度は時速三十ないし三十五キロメートル)従つてそのまゝ電車を進行せしめるときは右自動車に衝突せしめること明らかな危険状態を望見しながら、同人は、右自動車の状態に無関心でありもしくは右電車が右自動車の停止している箇所にさしかかるまでには、右自動車はその箇所を離脱するものと軽信し、停車はもちろん減速をすることもなく漫然右三十ないし三十五ロキメートルの速度で運転、進行を続けたため、前記のように右自動車に衝突し よつて、右自動車に対し車体全部に曲りを生ぜしめおよびドアーの取替など修理を要する破損を与えた。

三、しかして、右衝突事故により、原告は、右自動車の応急修理(ドアー取替など)の費用として別紙目録記載のように合計四万八千七百円を支出し、および右自動車々体全部に生じた曲り(これは修理不能)と右応急修理をしたもののなお衝突をうけなかつた状態には及ばないこととに伴う右自動車の価格の減損として二十三万六千三百円相当の損害を生じ、ならびに右応急修理中の昭和三十四年九月十二日から同月十六日までの五日間右自動車を使用できなかつたことによる得べかりし利益として合計一万五千円(一日三千円の割)を失い、以上総計三十万円の損害をこうむつた。右損害は、前記川口の前記のような過失たる不法行為によつて原告に加えられたものであるところ、被告は川口の使用者として右損害の賠貨の責に任ずべく、原告は民法第七百十五条に基き、被告に対し、右損害金三十万円およびこれに対する本件不法行為の後であつて本件訴状が被告に送達された日の翌日から支払ずみまで民事法定利率である年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(請求の原因に対する被告の答弁)

一、原告の主張事実中原告主張の日時原告主張の場所で、被告会社所有の被告会社従業員川口政治が運転していた電車と原告主張の原告所有自動車とが衝突したこと、その衝突現場が千分の二十五上り勾配、直線コースで、見透しは良好であることおよび時速が原告主張のとおりであることは認めるが、右川口に過失があること、被告が原告に損害を賠償する義務があることは否認し、その余は争う。

二、右川口政治には、過失はない。

原告所有の自動車は門司市民病院側の狭い横道から西鉄電車線路のある広い道路に出てきて右線路を横断したうえ右折して門司港方面に進もうとしたのであるが、右広い道路に出てきた際、丁度その横道の出口から斜西方約三十二ないし三十七メートルの地点を右出口の方向門司港方面に向つて時速三十ないし三十五キロメートルで進行していた本件電車の運転者川口政治は、右自動車が右横道からの出口付近において一時停車をしないまゝ軌道内に向け直進するのを目撃した。右川口は右自動車の運転手の無謀操縦に驚き、危険を防止するため直ちに急停車の措置をとつた。然し、自動車の機械に生じた故障という右川口の全く知らない事情によつて衝突するという事故が発生したのである。なお、自動車の運転手は、故障の合図を電車に対してしていない。右のような本件では、本件事故は、自動車側の過失によつて惹起されたものというべく川口には全く過失はない。このことは又、同人ははじめ本件事故に関し道路交通取締法規違反の疑で小倉区検察庁の取調をうけたが、結局、嫌疑なしとの理由で不起訴処分となつた事情になることからも推知し得る。

三、仮に川口政治に過失があるとしても、被告には使用者としての賠償義務はない。

被告は、川口を運転者として採用するに当つては多数の受験者中より厳選し、同人の成績はむしろ良好であつたのみならず、入社以来すでに十一年を経過し、昭和三十三年四月五日以降現在まで電車運転者として勤務しその間無事故である。交通頻繁な北九州における高速度交通機関として電車の運転には常に厳重な注意を与えるなど被告は川口の選任および事業の監督につき相当の注意をしているので、使用者として責任を負う理由はない。

四、仮に被告に賠償の義務ありとしても、自動車運転手即ち原告側の過失は斟酌さるべきである。

即ち、自動車の運転手は、前記のように、狭い横道から出てくる際一時停車を怠るなど交通法規を無視道路交通取締法第十八条第一項違反。なお、同法第七条第二項第一号、第五号後段、同法第十二条第一項、同法第十六条第一項、同法施行令第十三条第一項、同令第十四条第一項各違反でもある。)し、又、機械の故障を知らせて電車に停車の合図をするという措置もとらなかつたなどの過失があるので、賠償の額の算定にあたり斟酌さるべきである。

(被告の主張に対する原告の答弁)

一、被告の主張事実中川口が嫌疑なしとの理由で不起訴処分になつたことは知らないし、その余の点は争う。

二、自動車運転手に過失はない。

自動車運転手は、狭い横道(門司市民病院裏道、いわゆる後楽町通り)から西鉄電車軌道のある広い道えの出口で一たん停車をし、門司港方面から門司駅方面に進行中の貨物自動車三台が本件自動車の前面を通過するのをまつて電車道路左右をさらに注視したところ、左方向即ち門司駅側の方約百八十メートルと思われる地点に本件電車が進行して来るのを望見したから、自動車運行に危険のないことを確認できたので、緩速運転して電車道路に進入したのである。

二、自動車が機械に故障を生じ、運転不能となつて線路上に停止したとき、電車はその停止位置から七十二メートルの地点を進行していたこと前述のとおりであるし、そのときの電車の時速は三十ないし三十五キロメートルであるので電車のいわゆる制動距離は時速三十五キロメートルの場合でも三十二メートル余りであるから、電車運転者川口が、前方にある自動車の行動に留意し応急の措置をとれば充分本件衝突事故を未然に防止できたのであり、即ち、川口は自動車の状態に無関心であつたか電車が自動車の停止位置に進行するまでには自動車が離脱するものと軽信したにほかならないし、仮に被告のいうように自動車を三十七メートル手前で発見したとするなら、その際でも発見と同時に急制動をすればやはり事故を未然に防止し得たことになり、即ちこの場合も右と同様のことが言えるのである。

第三、証拠関係(省略)

理由

一、原告主張の日時、原告主張の場所で、被告会社所有の被告会社従業員川口政治が運転していた電車(以下本件電車という)と原告主張の原告所有自動車(以下本件自動車という)とが衝突したこと、その衝突現場が千分の二十五の上り勾配であるが、直線コースで線路上の見透しは良好であることは当事者間に争がない。

二、そして、証人荒牧繁実、同中本利男、同河野公義、同大塚義数の証言、検証の結果を総合すると、本件自動車の運転手は、西鉄電車市民病院前電停付近門司市民病院うらから西鉄電車線路の道路(以下本件道路という)に通じる通称後楽町通りから、本件自動車を運転して本件道路に入る際その人口(検証調書添付図面中(イ)点)で一たん停車したうえ同道路に進入したことを認めることができる。証人川口政治の証言中右認定に反する部分は、前記各証人の証言に照らし、措信することができない。

三、そこで、本件衝突につき、本件電車運転者川口政治に過失があるかどうかにつき判断する。

(一)  まず、本件自動車が後楽町通りの道より本件道路に進入したとき、本件電車はどこ付近を走つていたかについて。

証人中本利男の証言および検証の結果によれば、「同証人は自分の仕事のため自動車を運転して門司港方面より小倉市方面(門司駅方面にあたる。以下同じ)に向け本件道路を進行(したがつて小倉市方面に向つて道路の左側、即ち後楽町通りの横道がある側を走つていたことになる)し、後楽町通りとの交叉点にさしかかつたところ、本件自動車が後楽町通りから本件道路にでようとして一たん停車し、直ちにエンジンをかけて同証人運転自動車の前側少くとも十五、六メートルの所を横切り通過(即ち同証人運転の車の左前方から右側に走行)して西鉄電車線路上に向かい進んで行つたこと、その時同証人は自分の運転する車を停めることなく本件自動車が通過後も引き続き従前と同じ時速二十キロメートル位の速度で進行を続けて本件道路上の「追越禁止標識」板のある場所(検証調書添付図面中同標示板記載の箇所)まで進んだ時に何気なく後をふりかえつたところ、本件自動車は西鉄電車線路軌条内に停止していたこと、そして、同証人運転の車は右標識板から二、三メートルほど小倉市側に寄つたところで本件電車とすれ違つたが丁度その時本件電車がブレーキをかける音がして電車運転手は前方に体を乗り出すようにしていたこと」を認め得、証人川口政治の証言中右認定に反する趣旨の証言部分は、証人中本利男の証言に照らし、措信できないし、他の右認定を左右するに足る証拠はない。

しかして又、検証の結果によれば、後楽町通りの道より本件道路えの出口の小倉市側角から、右追越禁止標識板のある箇所までの距離は少くとも三十メートルはあることを認め得、これに反する証拠はない。

これらの事実を総合して考えてみると、中本利男の運転する自動車が、その前方を本件自動車に横切られて後右標識板の位置まで進みその少し先の方で本件電車とすれ違うまでには、右中本運転自動車は少くとも三十メートル進んだことになり、そして右中本運転の自動車の時速が約二十キロメートルだから、今、本件自動車が中本利男の運転する自動車の前を通つて線路側に出たときにおける本件電車の位置を考えてみると、仮に本件電車の時速を当事者間に争いのない速度の最低である三十キロメートルとすれば、計算上、本件電車は右標識板よりさらに小倉市方面四十五メートルの地点(この数字は、もし時速を当事者間に争のない速度の最高である三十五キロメートルとすれば、さらに大きい)にあつて、門司港方面即ち本件衝突現場方面に向い進行していたことになり、そして、右中本利男の運転する自動車は、その前方を本件自動車が通過したあとに小倉市方面に進んだことを併せ考えれば、本件電車の運転者川口政治は、後楽町通りの道より本件道路え出るその出口角付近から小倉市方面え少くとも七十五メートルの地点線路上において、後楽町通りの道より本件道路に進入した本件自動車を発見、目撃し得たことになる。証人河野公義が、「本件自動車が停止した時電車は○板(検証調書添付図面(チ)点)付近まで来ていた」(検証の結果によれば、本件自動車の停止位置と(チ)点との距離は七十二メートルより更に数メートル多い)と述べていることも、肯くことができるのである。

しかも、その発見、目撃し得た本件自動車の位置は、次の理由から、少くとも小倉市方面行の西鉄電車線路上にはあつたと推認し得るのである。即ち、右に述べたように、中本は、本件自動車が中本の運転する自動車の前方少くとも十五、六メートルのところを横切つて後に、後楽町通りとの交叉点を通過したわけで、言い換えれば、中本運転の車が後楽町通りの道を通過し去る少くとも十五、六メートル手前(門司港方面)にあつた時に、もう本件自動車は後楽町通り道路から西鉄電車線路に向つて進入していたのであつて、したがつて、検証調書添付写真中「ト点より北東方面を撮影」とある写真から認め得るところの、後楽町通り側車道の道はばを検討しつゝ判断するときは、中本運転の車が、後楽町通りの道より本件道路えの出口の小倉市側角まで進んだとき(少くとも十五、六メートル走つた時間は経過している)には、本件自動車は西鉄電車線路上に入り得ると考え得るからである。以上の結論に反する趣旨の証人野口為男(第一回)、同大塚義数の証言は採用できない。

(二)  川口政治運転者の過失について。

証人川口政治の供述によれば、同証人は、本件自動車が後楽町通りの道から本件道路に軌道に向つて進入してきたのを発見した際、これを見てスピードがなくだらだらと線路に進入してきたので、危いと感じたというのであるから、運転者川口政治は、右(一)に述べたことから、すでに後楽町通り道路との交叉点より七十五メートルの手前において危険(その意味は本件自動車と衝突するかも知れないことであること同証人の供述から知り得る)を予知したといわざるを得ない。

それのみでなく、右(一)に述べたことから、後楽町通り道路との交叉点より七十五メートル手前において本件自動車を発見した川口は、右に述べたとおり本件自動車の進入状態から危険を感じたのであるならそのまゝ本件自動車のその後の動作を見守るべく意を用いるべきであつたし、そうしてさえいれば、線路上に進入してきた本件自動車が、本件電車の進行線路上で停止(それがエンジンの故障という、川口には知り得なかつた事情が原因であつたとはいえ)したのを容易に発見できたといわざるを得ない。

そして、鑑定人福永祐忠の鑑定の結果によれば、本件電車が本件衝突現場付近を小倉市方面から進行してきた場合、時速三十キロメートルの場合に非常制動をかけるとその時より約三三、六メートル、時速三十五キロメートルの場合に非常制動をかけるとその時より約四〇、三メートル、時速四十キロメートルの場合でさえその時より約四七、七メートルを各走行して後停止する計算になることを認め得、故に、川口が、右のように本件自動車を発見し、危険を予知した地点において直ちに非常制動をかけるか、又は減速の措置を講じてたとえば時速三十キロメートル以下にしてさえおけば、非常制動をかけた場合は勿論、右のように減速した場合は前記のように中本利男運転の自動車とすれ違つた時(その地点から本件自動車停止位置までは少くとも三十七メートルあること検証の結果により明らか)に川口が非常制動をかけていても本件自動車の停止していた箇所の手前で本件電車は停車するのであつて、本件衝突事故をおこすことなく未然に防止し得たはずであり、言い換えれば川口はみずから危険を感じながら漫然減速の措置をすら講ずることなく進行したもの、もしくは本件自動車が本件電車の進行線路上からやがて離脱するものと軽信しないしは本件自動車の状態に意を用いることなく漫然従前の速度で進行したものということができる。

この点は、また、前記のように、追越禁止の標識板から二、三メートル小倉市方面に寄つた箇所で、中本利男の運転する自動車とすれ違つた本件電車の運転者川口政治が非常制動をかけたのであるところ、本件衝突事故がおきはしたが本件自動車はひどい衝撃をうけてはいない(証人中本利男、同河野公義の証言により推認し得る)ところ、検証の結果によれば本件自動車が停止した位置と右非常制動をかけた位置との距離は三十七メートル以上(約四十メートル)あることを推認し得、この数字は、右鑑定の結果たる時速三十五キロメートルの場合に非常制動をかけたとき停車するまでの走行距離数とほぼ等しいことからすれば、右非常制動の措置を講ずるまでは全く減速の措置を講じなかつたであらうことを推測し得(しかも、くどいようであるが中本利男の運転する自動車は、その前方を本件自動車が横切つて線路側に進入したあとを通つて右追越禁止の標識板のある箇所まで走り、その標識板のところまできたときはすでに本件自動車は線路上に停止していたことさきに説明のとおり)ることからも明らかである。

およそ市街地の道路上を運行する電車を操縦する運転者は、その運転に当つては常に前方を注視すべく、もし軌道上に危険状態を発見したときは何時でも直ちに停車しもしくは減速して事故を未然に防止する業務上の注意義務があること言うまでもないところ、右に述べたように、川口は、減速等事故を未然に防止すべき措置を講ずることなく漫然従前の速度で運転を続けたため、本件自動車が、本件電車進行方面線路上にエンジン故障のため停止している箇所より約三十七メートル手前に至つて始めて非常制動の措置を講じたにすぎず、よつて右停止している本件自動車に本件電車を衝突させたものと言わざるを得ない。

従つて、本件衝突事故は、被告従業員運転者川口政治の過失により惹起されたものと判断する。

被告は、川口政治が小倉区検察庁より嫌疑なしとの理由で不起訴処分になつたと述べるが、そのような事情が存在したとしても、又、乙第一号証が存在することも、右認定の妨げとはならない。なお、原告側につき被告主張の過失があるかどうかは、賠償額の算定につき斟酌し得る資料となし得ても、川口政治の右過失の存在を否定する資料となし難い。

四、すゝんで、原告のこうむつた損害について判断する。

(一)  証人遊亀静夫の証言により真正に成立したと認める甲第二号証に同証人の証言を総合すれば、本件事故による本件自動車の損傷について、必要最少限度の応急修理として別紙目録記載の修理をしかつ同目録記載の修理費用合計四万八千七百円を原告は支払したことを認め得、これに反する証拠はない。

(二)  証人増谷昭吾の証言により真正に成立したと認める甲第一号証、同証人の証言、証人遊亀静夫の証言を総合すれば、右の応急修理によつては、本件自動車を損傷を受けない当時の旧に復することはできないこと、右応急修理のほかフレームが曲つているがこれはなおすことができないため取替を必要としこれが代金、工賃合わせて少くとも六万円は要すること、修理を完了したとしてもなお衝突による損傷を受けない場合と比べ約三十万円の価格の減少(もつとも何故にそのような額になるかの具体的な根拠は明らかでなく、自動車修理工場経営者としての証人遊亀静夫の判断ではあるが)を来たすこと、および、本件自動車を他に賃貸する場合一日につき少くとも三千四百円の賃料を収得し得ること、修理には少くとも丸四日間を要したことを認め得、これに反する証拠はない。

右(一)および(二)により算出される損害は本件事故により原告がこうむつた通常生ずべき損害ということができ、その額は合計約四十二万二千三百円となる((原告は、(二)のうち、価格減損額として二十三万六千三百円を請求している)。

五、ところで、被告は、被告が、従業員川口政治の選任、監督につき相当の注意をしたから被告に賠償義務はないと主張する。

なるほど、証人野口為男(第二回)は、選任の点につき、川口が運転手になる際の試験には、学科、技術ともに良好で、上の部の成績で合格し、健康状態としては一日も休んだことはないと述べているが、なお、同人の特長、短所については判然としないと述べている。然し、電車の運転手については、技術の巧拙は勿論であるが、その人物、性格等をも充分審査することが必要であるというべく、その点について立証のない本件は、選任について過失なしと判定するに至らないばかりでなく、監督の点について、証人野口為男(第二回)が述べるところは一般の監督方法を指摘するにあつて、同証人の証言からすれば川口が運転手になつたのは昭和三十三年四月頃であるところ、本件事故が発生した昭和三十四年九月十二日までの一年数カ月の間に、川口個人に対して具体的にどのような監督方法がとられたのかまでは言及するところがなく、他にこの点について認め得る証拠がないことなど考えると、車馬および人の通行の激しいこと顕著な事実である、いわゆる北九州市街地の主幹道路を走る西鉄電車を運転する重責を負う運転者たる川口に対し、その選任、監督につき、被告に過失なしと断定するに躊躇せざるを得ないので、この点に関する被告の右主張は採用できない。

六、そこで、最後に被告のいわゆる過失相殺の主張について判断する。

(一)  被告は、本件自動車が後楽町通りの道から本件道路に入るときに一たん停車をしなかつたほか交通取締法違反の行為がある旨主張するが、一たん停車をしたこと前記認定のとおりであるし、本件自動車側に他に法規違反の行為ありと断ずべき証拠はない。

(二)  次に、被告は、本件自動車側で、本件電車に対し停車の合図をしなかつた過失があると主張する。

およそ被害者であつても損害の発生を阻止するにつきこれに必要な行為をなし得かつその行為にして社会共同生活の一員としてまさになすべき場合に、その行為をなさなかつたときは、民法第七百二十二条にいわゆる被害者に過失ありたるときにあたること言うをまたない。

証人河野公義の証言、検証の結果によれば、「線路上に本件自動車がエンジンの故障で停止したときは、その位置と本件電車との距離はまだ七十二メートル以上はあつたし、同証人はそのことを確認していること、同証人は原告の使用人として六、七年間原告の許で働いている者(年令は当時三十才前後)であり、当日は本件自動車の助手としてその左側助手席(後楽町通りから本件道路に進入すると、その席は本件電車の来る小倉市方面になる)に乗つていたこと、本件自動車が線路上に止つた時同証人は電車との間にかなり距離があると判断したことから早くエンジンがかゝれば良いと思い、漫然、運転手がエンジンをかけるのを見ていたこと」を認め得、これに反する証拠はなく、かつ本件自動車と電車との間の右距離から考えれば前記認定のもとにおける本件では、エンジンがかからないため本件自動車が動けないと判明した際同証人としては自動車から降り、直ちに、進行してくる本件電車に向かい、手を振るなど然るべき合図をする行為にでるべきでありかつそのような行動をとることができたということができるし、そのようにしていたらば、本件衝突事故もまた防止することができたことは容易に推認し得るのであるから、同証人が右の行為にでなかつたことはまさに民法第七百二十二条にいわゆる被害者の過失というほかなく、それはまたもつて原告の過失といわざるを得ない。

しかして、右過失は、右説明したことから考えればむしろその程度大であるというべく、右過失を斟酌するときは、被告の賠償義務は金十万円をもつて相当と判断する。

七、よつて、原告の本訴請求は金十万円およびこれに対する本件訴状送達の翌日以降支払ずみまで民事法定利率による遅延損害金の限度において正当(本件訴状送達の翌日は本件記録によれば、昭和三十五年二月十日。)として認容し、その余の部分を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十二条を適用し、仮執行の宣言は付さないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判官 秋吉稔弘)

目録

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